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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(あ)939号 決定 1978年5月22日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人仙谷由人の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でないから、所論は前提を欠き、同第二点は、憲法二八条違反をいうが、その実質は単なる法令違反の主張にすぎず、同第三点は、事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、上告趣意第一点にかんがみ、職権をもつて判断するに、日本専売公社徳島地方局社内取締規程に基づいて発せられた本件立入禁止命令及び退去命令の同公社職員による執行が、公務執行妨害罪によつて保護されるべき職務にあたる旨の原判断は、相当であり、右各命令の発付及び執行が民間企業にみられるのと同じ労使間の紛争を処理するためにとられた措置であるというような事情は、右の結論に影響を及ぼすものではない。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官団藤重光の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。

法令により公務に従事する者とみなされる公法人の職員の職務であつても、たとえば国鉄職員などの行う現業業務は、民間企業の業務と実態においてなんら異なるところはないから、業務妨害罪(刑法二三三条、二三四条)における「業務」にあたり、偽計・威力を用いてこれを妨害するときは同罪を構成するものというべきであり(最高裁判所昭和四一年一一月三〇日大法廷判決・刑集二〇巻九号一〇七六頁参照)、その反面において、わたくしは、この種の現業業務は公務執行妨害罪における「職務」から除外されるべきものと考えている。しかし、本件立入禁止命令および退去命令の執行は現業業務的な性格のものとはいえないから、本件に関するかぎり、わたくしも、多数意見に完全に同調する者である。

(岸盛一 岸上康夫 団藤重光 藤崎萬里 本山亨)

弁護人仙谷由人の上告趣意(昭和五二年六月三〇日付)

第一点 判例違反

原判決は最高裁判所の判例と相反する判断をなしているものであつて、破棄は免れない。

すなわち、

一、最高裁判所第三小法廷は国鉄職員の同職員でもある駅助役に対する暴行を公務執行妨害被告事件とする事案において、次のとおり判示し(昭和四二年(あ)第二三〇七号、昭和四五・一二・二二判決)、公務執行妨害罪の成立を否定した。

「……公務執行妨害罪の要件について考えるに、右条項の趣旨とするところは公務員そのものについて、その身分ないし地位を特別に保護しようとするものではなく、公務員によつて行われる公務の公共性にかんがみ、その適正な執行を保護しようとするものであるから、その保護の対象となるべき職務の執行というのは漫然と抽象的、包括的に捉えられるべきものではなく、具体的、個別的に特定されていることを要する……(中略)……以上と異なり、職務の執行を抽象的包括的に捉え、しかも「職務を執行するに当たり、」を広く漫然と公務員の勤務時間中との意味に解するときは、公務の公共性にかんがみ、公務員の職務の執行を他の妨害から保護しようとする刑法九五条一項の趣旨に反し、これを不当に拡張し、公務員そのものの身分ないし地位を保護の対象とする不合理な結果を招来することとなるを免れないからである。」

二、右判決の主旨に照らせば、本件事案において、保護されるべき対象となる職務の執行は、明神・武山の立入禁止行動、および武山の退去命令文の掲示ということである。

右武山らの事実行為が、労使関係つまり日本専売公社当局と職員の私法上の契約関係をめぐる、あるいはこれから派生したトラブル処理の行動としてなされていることは明らかであつて、民間私企業における労使間の処理と何ら変ることはない。

すなわち、武山らの職務執行は本件事案に関する限り、何らの「公共性」も有しないのである。というのは専売公社の事業に原判決が言うがごとき法律や事実を根拠として、何らかの「公共性」があるとしても、被告人や被告人らのグループに対しては私法上の契約当事者としてしか立ち現われようがないからである。ちなみに日本専売公社当局が、その職員に対して「行政処分」をなすことはできないのである。

三、ところが原判決は日本専売公社法について説明を加えたうえで、

「公社事業の公共的性格が極めて強いことにかんがみ、これらの事業に携る役職員の適正な職務の執行を確保する必要があるためとみたからにほかならない。そうしてみれば公社の役職員が刑法七条一項、九五条にいう公務員に該当することは明白であり……公務執行妨害罪が成立することは多言を要しない」

というのである。

右論理は前記判例が指摘する「刑法九五条一項を不当に拡張し、公務員そのものの身分ないし地位を保護の対象とする不合理な結果を招来させる」ものである。

四、右判決は前記武山・明神の行為の有する公共性、あるいは専売事業のなかにおける位置というものに考慮を払わず、法令上、武山や明神が「みなし公務員」であるということのみで、本件、武山明神の行為を刑法第九五条一項の保護の対象となしたものである。

五、そもそも専売事業のごとき公企業活動は私人の業務と同じく業務妨害罪として刑法上の保護を与えればよい(藤木「刑法各論」七三頁)のである。

以上の検討で原判決は最高裁判所の判例に反する判断をなしたものであつて破棄を免れないものであることは明らかである。

第二点 憲法違反<省略>

第三点 重大な事実誤認<省略>

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